Wood-木の話し-

木を歴史から学ぶ

正倉院2木が湿度を調節できる作用があることは、多くの方がご存知だろう。しかし、それが果たしてどれほどの間、効果があるのかご存知の方は余り多く無いだろう。奈良に正倉院という倉がある。西暦756年に建立され聖武天皇・光明皇后などのゆかりの品を収蔵するとされる。今も現存し、世界遺産にも登録されている。(以前には学校の教科書で、正倉院は特殊な形状をしていて、湿度の多い時は膨らんで空気の出入りを塞ぎ、湿度の低い時は縮んで空気を入れ替えるとされていたそうだが、実はこれは違う。)この倉の中の収蔵品が長期間に渡りとても保存状態が良かったのは、木材が周囲に張り巡らされた中で湿度調整現象が千年以上もの間繰り返されて、それが有効に働いた。また収蔵品が杉の唐櫃に入れてあった為、いわば2重の湿度調整が働いたこと、さらに校倉自体が高床式であるため地面からの湿度が遮断されていたことも有利に働いたのが要因と考えられている。


薬師寺西塔1薬師寺東塔4板という字は「木」に「反る」と書いて「いた」と読む。木材は生物材料であるから、乾燥技術が進んだ今でも木の微妙な動きを100%コントロールすることは出来ない。しかし、それを技術によりある程度カバーすることは出来る。飛鳥時代の古代建築工法で大伽藍を造営できる「最後の宮大工棟梁」といわれた西岡常一という方がいた。1995年にお亡くなりになった方だが、作品の代表的なものとして、奈良の薬師寺にある二つの塔、東塔・西塔のうち西塔(写真左)は氏が建立したものだ。東塔は千二百年前に建てられてもので、西塔は氏が再建したものである。西塔は東塔に合わせて作られたものであるが、高さが三十センチ高く、軒の反りも大きい。それは横方向に積んだ木が縮んで、千年後には東塔と同じ高さになり、軒の反りもゆるやかになって、東塔と同じあるべき姿に納まるという計算である。この様な建築技術者はヨーロッパにはいない。日本文化の底流になっているのは、こうした技術と森羅万象すべて生命を持つという哲学なのである。

木材を取り巻く昨今の状況

国内の木材自給率はH21年の時点で27.8%。つまり7割以上は輸入品に頼っている状態です。国は2020年には自給率50%以上を目指しており、その為の森林整備、建築関係の法整備などに既に着手しています。H12年には一定の防火性能を有する木造建築物の建築が認められる様になった他、H22年には公共建築物木材利用促進法の制定もされました。

国内の建築物全体で木造化されているのはH20年の時点で36%。公共建築物においてはわずか8%程度です。これは日本建築学会が、S34年伊勢湾台風の後に災害時の被害を無くしていくために、「木造禁止」の提言をしたことが木造建築の普及を妨げた一因ともいわれています。

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木材の性質全般

火に対する性質について、木は火災の時など口火を近づけると約250℃以上で引火・燃焼を起こします。火災時の温度は700~950℃といわれていますから、当然木は燃えることになります。ですが木は、燃える時に木の表面に出来る炭の層(炭化層という)が酸素の供給を断ち内部まで燃えるのを防ぎます。そこで、設計時に炭化層まで見込んで構造的な検討をする、燃えしろ設計という設計手法があります。万が一の火災時に木が燃える事を前提で検討することにより、建物が急に崩壊することを防ぎます。丈夫そうな鉄でも、550℃を超えると強度が50%以下に低下し、900℃で10%まで落ちます。素材性質的に温度が上がると、ある点で一気に低下するのです。

素材の熱耐性1

褐色腐朽菌1木の耐久性について、木は生物材料ですので一定の環境下に置かれると腐ります。木が腐る原因は、木材腐朽菌という菌が木材を分解することによります。腐朽菌はその菌が腐朽した木材の外観から褐色腐朽菌と白色腐朽菌に分けられています。褐色腐朽菌によって腐った木材は最終的に褐色に変化し、白色腐朽菌によって腐った木材は白色に変化する所から、この名前がついています。木造建築物や木製の外構などを腐らせる腐朽菌は、大部分が褐色腐朽菌です。これは、木造建築のほとんどが針葉樹材で出来ていることと関係がありますが、褐色腐朽菌は針葉樹材を好むことが研究で分かってきています。さて、その腐朽菌が木を腐らせるメカニズムについてですが、腐朽菌の生育・成長には酸素、水、養分、適度な温度が必須で、これら4つの条件のうちどれか1つでも欠ければ腐朽菌は生育できません。特殊な場合を除いて、酸素や温度を制御することは出来ないため、水か養分を絶つことになります。具体的には木材が常に乾燥状態の環境下に置かれる様、設計上工夫を施すこと、木材にとって水分環境の厳しい部位には、木材自体の耐久性が高いもの(ヒバ材やクリ材など)を使うといった事が考えられます。そうすることにより、長期間腐朽菌の繁殖を防ぐことができるのです。

建築構造が与える影響について

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マウス実験2木材が生き物に与える影響について、以下の様な研究成果があります。1986年静岡大学の家畜飼育科でマウスを3種類(木、鉄、コンクリート)の箱の中で飼育し、その生態を観察する実験を行いました。その実験では3種類の箱を10箱ずつ、大きさも同じものとし、木材で作ったもの、亜鉛鉄板でつくったもの、鉄筋入りコンクリートでつくったものを用意しました。普通マウスは温度・湿度共に一定の屋内実験室で飼育されていますが、実験は屋外の小屋の自然条件下で行いました。しばらくの間、オスとメスを別々にそれぞれゲージの中で飼育し、ある時期にオス・メスを一緒にして子供を産ませました。生まれてきた子マウスの23日間における様々な生態を数字にまとめています。それによると、まず第一に産まれてきた子マウスの23日間の生存率ですが、木のゲージで育った子マウスは85.1%、鉄のゲージでは41.0%、コンクリートのゲージでは6.9%でした。コンクリートのゲージでは130匹産まれてきた子マウスも23日後には9匹しか残りませんでした。ゲージの材質によって生存率に差が出るのは、熱損失の影響だと推測されます。出生直後の子マウスにはまだ体毛が無い為、熱損失の影響が直接的に現れると考えられています。次に健康のバロメータである開眼日ですが、木の場合は15.6日、鉄の場合は18.1日、コンクリートの場合は17.9日という結果でした。また、マウスを解剖し臓器の発達がどのくらいか測定したところ、メスマウスの子宮の平均重量は木の場合では31.66mg、金属が14.36mg、コンクリートが11.53mgというように大きな差が出ています。しかも、以上の様な肉体的な差だけでなく、精神的にもかなり相違が出ていて、鉄やコンクリートの箱の中で育った母親マウスは子マウスを育てようとせず、弱った子マウスを喰い殺していくという母親マウスの変化が記録されています。木の箱で育った母親マウスは子供を育てようという母親心が出ていると報告されています。また別のデータでは、毎日一定時間にステレオタイプの行動が何回あったかという実験報告が出ています。ステレオタイプの行動とは、無意味な行動のことで、例えば子マウスが自分の尻尾をやたらと噛み切るといった行動です。これらの行動はストレスやイライラからくるもので、その行動を一時間おきに10日間それぞれ調査したところ、木のゲージでは80回、鉄では230回、コンクリートでは290回あったそうです。これらの結果から、生物が居住する空間が、有機質な素材か無機質な素材かによって、肉体的・精神的に及ぼす影響が大きく違うことが分かると思います。

エネルギー問題に関すること

木材は、二酸化炭素を吸収して炭素を固定し、くり返し生産できる循環型の資源です。石油やガスなどの地球地下から掘り起こす鉱物資源には限りがあり、その採可年数は諸説ありますが後50年程度といわれています。生物資源である木材は太陽エネルギーが作ってくれています。つまり地球外にあるエネルギーがつくってくれていることになります。私達建築に携わる者は、膨大な資源と人的・機械的エネルギーを使って建築を作っています。環境問題が地球規模で叫ばれる様になって久しいですが、持続可能な社会を目指すに当たり、私達に課された責任はとてつもなく大きなものです。その中にあって、後世に残す有意義なものにするために木造建築に携わる者が出来ることは大きいと感じています。

設計者という役割を通して考えること

木という素材は自然のまま使った時が一番良くて、手を加えれば加えるほど本来の良さが失われる様に思う。設計においても、使われる素材のひとつひとつが出来るだけそのまま活きるよう考えながら設計している。その方が、違う部位同士の取り合いも良い。振り返れば、木は人間の歴史を遥かに超える気の遠くなる様な長い時間をかけて、自然の摂理に合う様に少しずつ自分の体質を変化させながら進化をとげてきた。だから木の細胞レベルでそのひとつひとつが、熱帯地域の様なところでは暑さや湿度に耐えられる様に、極寒の地域では雪や寒さに耐えられるよう、順応してつくられている。それは人間の知恵が遠く及ばないなにかがひそんでいるはずだ。先の東日本大震災で我々は、自然の力の大きさを目の当たりにした。安全だと考えられていたものが安全で無くなり、それはこれまで我々も含む技術者たちにどこか慢心があった様にも思う。私たちは自然に対してもっと謙虚であるべきで、もっと歴史に耳を傾け、心を開いて事に当たることが求められていると思う。今日本の木造建築、とりわけ住宅分野においては建物の平均寿命は26~27年と言われ、スクラップアンドビルドを繰り返している。木という素材は生物材料だから、扱い方を誤ると寿命の短い建物になりがちだ。これから後世に残すものづくりをする為には、時間・人・モノのネットワークが欠かせない。GREEN NETWORK ARCHITECTUREがその連携を担う様、活動していくつもりだ。